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教育庁報 No.564
平成22年6月7日発行

平成22年度教育施策連絡会
木村委員長、内館委員、髙坂委員、竹花委員、瀬古委員のお話


 公立学校長を対象とした平成22年度教育施策連絡会が、4月13日に日比谷公会堂で開催されました。石原知事、木村委員長、内館委員、髙坂委員、竹花委員、瀬古委員のお話に続き、大原教育長が平成22年度教育庁主要施策について説明しました。
 各委員のお話は次のとおりです(紙面の都合から、13日のお話の要旨を掲載します。知事及び教育長のお話は前号に掲載しました。)。

各委員のお話

前号掲載


木村委員長

 木村委員長は、日本と英国の二つの学校の例をもとに、学校に求められている校長のリーダーシップについて話されました。

リーダーシップの必要性

木村委員長写真

 知事からお話がありましたように、教育を取り巻く環境は非常に厳しくなっています。
 戦後、日本の社会システムが非常に大きくなって、国民の働く場所が非常に多様となったことにより、小さなセクター独自の考え方が幅をきかせるようになり、国民がすべてのことに対し極めて多様な要求をするという状況が生まれました。このような状況が学校にも大きな影響を与えています。
 企業には非常に強い企業文化がありますので、影響はそれほどではなかったようですが、日本の学校は組織として非常に弱いため、様々な問題が起こっています。
 皆様方、御存知のように、最近、校長のリーダーシップを増すべきだと言う声が強くなっています。これは大学も同じです。平成16年に国立大学は独立行政法人化され、日本の国立大学の学長は、世界でも類をみない非常に大きな権限を持つようになりました。
 なぜ、どこかに強い統治能力を持たせる必要があるのか。話は簡単です。一つの組織は複数の人で構成されますが、問題が非常に多様化して多岐にわたってくると、組織の全員がフル稼働して、しかも、効率的に働かないと、対応ができません。そういうことで、統治能力の重要性が認識され、学校においては校長の強いリーダーシップということが言われ始めたのだと思います。
 私がしばらく住んでいました英国では、リーダーシップということをあまり口に出しては言いませんが、トップにいる人たちのリーダーシップは非常に強力です。
 日本の社会は、共存共栄というか、みんなが幸せになろう、1人だけ傑出した人物を作らない、という文化です。戦国時代は違いましたが、平和な時代には、リーダーを作ることを敢えて避けてきました。

四国の中学校長について

 校長先生のリーダーシップについて、私が見聞きした、幾つかのgood practiceをお話しします。
 私は教育委員として、国内で色々な学校を見ましたし、外国でも多くの小学校や、日本でいう中等教育学校を見てきました。中には、どうしようもなかった状況から奇跡的に正常化して、回復を遂げたという学校もあります。そういう学校の校長先生にお話を伺うと、2つの共通点があることに気が付きます。国を越えた共通点です。
 平成7年に、当時の与謝野文部大臣から、中央教育審議会の委員を依頼されて引き受けました。議論にかかわるうちに初等中等教育に非常に関心を持つようになり、学校訪問の際には、困難校の現場を見せてくれと頼みました。
 もちろん良いところを見ても参考にはなりますが、やはり難しいところ、悪かったところが良くなったところ、そういう学校を見たいと注文を出しました。現在の初等中等教育局長の金森氏が当時、香川県の教育長を務めておられた関係から、是非見てほしい学校があるという話がありましたので、四国に出掛けました。
 訪れた中学校のある地域は経済状態が悪く、また親も教育に熱心ではないために子供も当然影響を受け、ものすごく荒れた学校となっていました。教育委員会は非常に困って、ある校長先生を発令しました。私もお目にかかりましたが、表面からは強いリーダーシップをお持ちの方というより、マイルドな方との印象を受けました。しかし、話せば話すほど、これは相当の方であることが理解できました。
 校長先生に、ひどかった学校をどうやって、良い学校へ引き上げられたのですかと質問しましたら、先生方が働きやすい環境を作り、先生方に責任を押しつけず、自分も輪の中に入って動いただけですとおっしゃっていました。
 もう一つおっしゃったのは、家庭とのつなぎ、保護者とのつなぎを一生懸命にやったということでした。中央教育審議会の委員で授業も参観し、子供たちとも話をしましたが、子供たちが実にきちんとしていて驚きました。先生方がしっかりと指導をされたのだなということがわかりました。
 親も教育にあまり興味がない人が多かったのですが、私どもが伺ったときは、教育に関して、注文もするが協力もするという態度がはっきり見られました。

英国の中高一貫校の校長について

 次に、英国の例です。
 教育委員長教育長協議会連合会では海外の視察を行っておりますが、3年前に英国を訪問しました。
 ロンドンの郊外に、サザークという伝統的に貧しい地域があります。あまりにも貧困層が多かったので、1200年か1300年ころに、英国国教会が貧しい家庭の子弟を教育するための学校として教会学校を設立しました。ずっとうまく行っていたのですが、30年前に突然おかしくなったそうです。
 英国も日本と同様に社会システムが肥大化して、色々な価値観の人が集まり、学校に対する要求が高くなっていったのですが、校長がこれについていかれなかったために、短期間でガタガタになったと聞きました。そこで、12年前にそこの地方自治体が校長先生を公募したのですが、42歳の女性教員が、一度教会の学校で働きたいと思っていたと手を挙げて来て、採用されました。彼女は非常に優秀な教員で、高い業績を上げた教員が受ける首相表彰も受けていて、教師を天職と考えて非常に早くステップアップして来た人です。
 その校長先生はひどい状態になっていたその学校を3年ほどかけて立て直し、今では、イングランドでも最も優れた公立学校の一つとなっています。
 その校長先生に、どういうことをされたのですかとお聞きしましたら、特別なことは何もしていない、先生方の協力を得ただけですとおっしゃっていました。四国の中学校の校長先生と同じことですね。英国では、校長が無能だと思った職員・教諭は辞めて貰うこともできるのですが、それぞれの人間は何かの優れた能力を持っているという信念の下、一人もクビにせず、自分も教職員の輪の中に入っていき、強固な組織を作り上げたようです。
 彼女が第一に行ったことは、カリキュラムの作成です。先生方を動員して、子供たちが少しでも勉強を理解するためにはどうすればいいかを研究しました。その結果、独特のティーチング・メソッド、カリキュラムを編み出し、これに基づいて子供たちを引き付けることに成功しました。先ほどの中学校の校長先生も同じで、いかにして子供を勉強に引き付けるかを考えたとおっしゃっていました。
 もう一つの共通点は、家庭と学校をつなぐということです。できるだけ親に学校に来てもらう努力をしたと言っていました。サザークは周囲がほとんど市営住宅であり、自宅に庭や池はないので、広い校地に庭と池を造成し、学校を保護者の集会場所のようにしました。そこで子供たちと親が一緒になって話をできるようにするという工夫もしています。
 彼女は先生方と一緒になって汗をかく人で、先頭になって号令をかけ、引っ張っていくというリーダーではないようです。自分の回りにいる職員の活躍がより大切であり、それに自分も合わせて動くことをやってこられたようです。
 学校訪問の最後に、校内を見せていただきました。下級生は既に下校していましたが、上級生は大学受験のために勉強をしていました。校長先生は、そういう子供たちに必ず声をかけます。その内容を聞いていると、「お父さん、具合悪かったけど、どうした?」、「カゼひいたって聞いたけど、どうした?」と、本当に小まめに、徹底的に声をかけていました。これはなかなかできないことだなと思いました。
 最後に、この学校が置かれている状況をお話します。この学校は女子の中高一貫校です。英国は多民族社会ですが、この学校は72%が移民の子供たちです。しかも四十数%は家庭の収入が年収200万円に達しない家庭で、給食費を免除されています。さらに、30%ぐらいが、子供時代に精神的なダメージを受けているなど、何らかの特別な支援を必要とする子供たちです。
 今、英国は非常に厳しい学校査察を行っています。毎年、査察官が来て、何十項目にわたって4段階の点数をつけます。4点が最高ですが、3をもらえば上等、2点でも満足すべきものです。しかしこの学校は、40項目くらいのほとんどが4で、査察官も非常にすばらしいとコメントをしています。
 この二つの学校の例を見ていると、校長のリーダーシップは、いかに構成員に自分の考え方を理解してもらい、良い職場環境を作って、愉快に仕事をさせるか、また家庭と連携して、家庭の支援を取り付けるか、この二点に絞られるように思います。
 「モンスター・ペアレント」という言葉は日本人が作った言葉のようですが、英国にもモンスター・ペアレントはいます。奇妙なことに、どちらかというと中流以上の家庭が周りにある学校のほうが、モンスター・ペアレントが多いようです。ロンドンのサザークのような所は、いったん、親が学校を信頼するとほとんど文句が出ず、学校を全面的にサポートしてくれると聞きました。
 石原知事のメッセージにもありましたように、日本の子供たちがこうなったのは、我々大人の責任です。この点を大いに反省し、是非先生方と一緒にがんばって、せめて東京だけでも良くしたいと考えています。よろしくお願いいたします。 


内館委員

 内館委員は、御自身の経験をもとに、行き過ぎた自然体教育を見直していくべき時期に来ていると話されました。

優しくなった男の子たち

内館委員写真

 ここのところ、女性ばかりで集まることが多くありました。集まるのは、学校の先生や栄養士もいれば、作家や経営者、政治家や経済学者という人たちもいましたが、共通して出たことは、男の子を何とかしなければいけないという話でした。あまりにも男の子が優しく弱く、いわゆる草食系になりすぎているのではないかと危ぐしたのです。
 私は、仙台の東北大学の相撲部の監督ですが、新入生を相撲部に勧誘すると、男の子はほとんど、「すいません、僕、草食系ですから」と逃げます。聞いてみますと、柔道であっても、ラグビーであっても、アメリカン・フットボールであっても、そうやって逃げてしまう子が多かったということがわかりました。
 それで、なぜ男の子がこんなに弱くなったのか、そして、私たちはどうしなければいけないのか、色々なことをみんなで話しました。その弊害の一つ、理由の一つが、自然体教育の行い過ぎではないかということになりました。これは、家庭でも、学校でもあると思いますが、自然な喜怒哀楽を表現することが一番人間らしいのだから、男の子だって泣きなさい、かゆいときはかゆいと言いなさい、女の子らしさとか男の子らしさは全然必要ない、泣いて、笑って、怒って、喜べということを教えたということです。
 それは決して悪いことではないのですが、自然体教育は行き過ぎたのではないかという話になりました。「自然体」というと聞こえはいいですが、要は喜怒哀楽の垂れ流しだと思います。これには何の知性も要りません。
 例えば、朝青龍が土俵でガッツポーズをして大騒ぎになったときに、私が関心を持ったのは、周囲の反応でした。案の定ですが、若いスポーツ選手には、ガッツポーズをして自然に感情を表現するのは何が悪いんだという人が何名もいました。また、あるスポーツチームの監督は、この方は中年男性ですが、朝青龍は聖人君子である必要はないと言っています。私は、この話を読んだり、聞いたりしたときに、これこそが自然体で育った若者のコメントであり、そういう若者をつくった親世代の言葉で、実にシンボリックだと思いました。
 相撲は、自然体を良しとしない、日本に昔からある抑制の美意識を持ったスポーツです。今や死語になりましたが、「惻隠(そくいん)の情」という言葉があります。敗者の前で両手を挙げてガッツポーズをしたことを全く恥と思わない、これは朝青龍だけの問題ではありません。そういう教育を受けていないし、自然体がすばらしいのだということだけで来すぎてしまったと考えています。
 日本には、相手を思ってやせ我慢して、喜怒哀楽を垂れ流さない惻隠(そくいん)の情というものがありました。それが今やどんどん失せています。泣きたいときは泣きなさい、痛いときは痛いと叫びなさいと言っている。
 例えばビートルズは「I WANT TO HOLD YOUR HAND」(抱きしめたい)と叫び、プレスリーは「LOVE ME TENDER」と叫びましたが、日本は、そういう考え方ばかりではありません。例えば、「あんた恋しと鳴く蝉(せみ)よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」。好きだ、好きだ、恋しいと鳴くセミではなくて、鳴かずに恋しがっているホタルのほうが、実は身を焦がしているという考え方です。何も100%応ずる必要はありませんが、そういう考え方があることをこれからは教えていかなければいけないと思います。
 「男の沽券(こけん)」という言葉もなくなりましたし、「男の子だから、僕泣かない」というのもなくなりました。公園で、ブランコから落ちた3歳くらいの男の子が、「ぼく、男の子だから泣かない。」と言って、一生懸命に我慢しているんですね。「いいのよ、そういうときは泣きなさい。」というのも自然体でいいのですが、やはり過剰なのは非常にまずい。
 そして、自然体だけで行きますと、色々な話をしたときに、知らないことを恥じることがない。知らなかったら、隠れて家に帰り急いで調べるとかいうことはなくて、「知らない」と言うことこそ、人間として自然でいいという話になってきます。私は、少しずつたがが緩んできた気がしてなりません。

過剰な自然体教育の見直しを

 2005年の夏に、私は修士論文を書くために相撲教習所に1年半ほど通いました。ここは、昭和32年にできた相撲の実技と学科を教える学校で、新弟子は必ずそこに入れられます。そのときは75人の新弟子がいました。その中に実は把瑠都もいました。教習所では色々な授業を受けます。法律、社会、相撲甚句も覚えますし、書道もスポーツ医学もあります。75人中、外国人は把瑠都1人でした。
 私が生徒に、どの授業が一番役に立ったかというアンケートを取りましたところ、75人中27人で1番になったのが、「礼儀作法とあいさつ」という授業でした。この礼儀作法は、おじぎの仕方、言葉づかい、敬語の使い方などすべて行います。役に立った一番の理由は、一般社会に出ても通用する、世の中どこに行っても必要だからというものでした。これを読んだときに、この仕事で骨を埋める気がないのだなと思いました。
 入門動機には、社会勉強として相撲界に入ったという答えがありました。昔は、つらくても帰ってくるなと送り出したものですが、今はつらかったら帰っておいで、我慢する必要はない、あなたの部屋はママがそのままにしておくからねというわけです。
 すべて否定するわけではありませんが、どこかが緩んでいるのではという気がしてなりません。現実に、男の子は本当に優しいです。新弟子たちへのアンケートの中で、「あなたは、このつらい毎日を誰のためにがんばれるのですか」と聞いたら、75人中52人、断然トップが「親や家族、教師」でした。外国人と日本人で、思いの濃さに差はあるにせよ、やはり親や家族を思っているというのは事実です。
 相撲教習所の中には土俵が並んで3面あります。A、B、Cの土俵で、レベルによってわかれています。私が見ていて非常に強烈だったのは、そこでけいこをして、教師役の親方に下のランクの土俵に落とされると、子供たちがへこむんです。下のレベルの土俵に行けとか、そういうことをみんなの前で言われることは、今の学校教育の中ではないと思います。それまでは、手をつないでゴールしましょうというようなことで来ていますから、ものすごくへこむ。
 悔しかったら泣け、悲しかったら悲しいと言えというようなやり方で、何でもやってきていいのか、こらえることもわからないし、悔しくても悔しさをぐっと押し殺して一生懸命にがんばって上の土俵に行こうみたいなこともなく、ぺちゃんとへこんでしまう。問題だなと思いました。
 私は、教育やしつけは、子供が社会に出たときに一人で歩いていかれるようにするために与えるものだと思っています。社会というのは、実際には不公平で荒っぽいところだと思います。努力が常に報われるということでもありません。その中で、へこまず生きていくことを考えたときに、私は過剰な自然体教育はそろそろ考え直してもいい時期に来ていると思います。
 私たちもよく考えなければいけないし、もう少し抑制したり、耐えたり、我慢したり、痛いときでも痛いと言わないでいる教育も、必要な時期に来ているのではないかと思います。


髙坂委員

 髙坂委員は、日本の将来のためには質的成長と量的成長の二つが大切であり、国の内外に目を向けていくことが必要であると話されました。

日本の将来

髙坂委員写真

 今年は「二つの想い」ということでお話をしたいと思っています。
 私は、経済同友会の学校と企業経営者の交流を深める会のメンバーとして、随分多くの学校を訪問しました。その中でも、特に中学校の場合は、働くことの意味や、これからの日本で企業はどんな人が欲しいのかということについて話をしてほしいということが多いです。先ほど石原知事もおっしゃいましたように、これからの日本は一体どうなるのか、皆さん不安を感じているように思います。
 私なりに日本の将来を考えたときに、大きく分けて、質的な成長と量的な成長の二つがあると思います。
 まず、日本国内で大きく成長することは不可能になってきており、これは色々な意味で理解していただけると思います。しかし、大きな成長ができないということと、質的に成長できないということは違います。特に、日本の場合は、今までものづくりだけしかしてきませんでした。ソフトの分野は規制が非常に厳しくて、あまり発展してきませんでした。ですから、そういうところを自由化し、競争原理を働かせれば、質的な成長ができるのではないかと思っております。
 しかし、一方、日本はこれから国外へ出て行って、仕事をしていかなければいけません。量的な成長は、海外で行わなければいけない時代に来ていることは間違いないと思います。トヨタ自動車が問題を起こしましたが、トヨタにしろ、ホンダにしろ、その他多くの日本の大メーカーは、今や収益の大半は海外で上げている状態になってきています。

「知識」こそが大切である

 そこで、こうした国内・国外の両方の問題を踏まえて、何が必要かということになります。有名な経営学者のピーター・ドラッカーは、知識こそがすべての面で成功と失敗、進歩と退歩、利益と損失を分かつものであるということを、早くから言っております。
 例えば単純労働者は、今や世界にあふれています。かつては、単純労働者は先進国数億人のマーケットで動いていましたが、ベルリンの壁が崩壊し、中国が改革・開放のために資本主義の世界に入ってきたため、一度に5倍くらいの人数が同じマーケットで争うようになってきました。そうすると、この人たちの平均労働賃金ははるかに安いため、単純労働者で生きていくとなると給料はなかなか上げられません。ユニクロの例を見てもわかるとおり、中国で製造して持って帰ってくるという時代ですから、単純労働者であってはだめです。つまり、ピーター・ドラッカーが言っている「知識」こそが、今からますます大事になると思っております。
 そこで、質的な成長を図るためには何が必要かということになります。先ほど都知事がおっしゃったように、日本の歴史をもう一度振り返る必要があるのではないでしょうか。例えば、「惻隠(そくいん)の情」などというものは、平安時代にそういう美的感覚が生まれたのでありましょうし、あるいは、鎌倉時代になると、禅や宗教の問題から精神的な面が深まっていったと思いますが、やはり江戸時代に、鎖国ということもあり、初めて日本の、国家としての一つの鋳型ができていったのだろうと思います。そこでつくられ、明治になって変わっていったものをもう一度見直す必要があるだろうと思い、東京都としても、「江戸から東京へ」という副読本を作成しようと言っています。
 もう一つ、量的成長を図るためには、世界に出て行かなければなりません。ところが、悲しいことに、今や日本から世界へ出て行こうという人が少なくなっています。この間、ハーバード大学の学長が来て言うには、去年、日本からハーバード大学へ入学した人は1人しかいなかったそうです。私がニューヨークにいたころは、数十人単位でいました。また、高等学校の場合、AFC(American field service)という高校時代に引き受けてくれるサービスがありますが、これも、今、日本からの応募者は昔に比べてはるかに減ってきています。
 オリンピックの例もありましたが、あるいはゴルフでも、上位5人のうちに2人の韓国人が入っています。しかし日本人は残念ながら出てこない。また、サムスンという電子会社がありますが、この会社はかつて日本の三洋電機に教えを受けた会社です。今や世界を凌駕(りょうが)するトップ企業になりました。そして、三洋電機は、パナソニックの傘下にあります。それほど変化が激しいし、今の日本は海外に目を向けていません。
 あるいは、外国人の受入れについても、夜間中学では外国人に日本語の教育を行っているところもあると聞いていますが、それすら支援の量が減ってきています。あるいは、インドネシアやフィリピンから来ている看護師の皆さんは、非常に評価はしているけれども、それを日本にアダプトするようなシステムが十分にできていません。外国人との付き合いをどう深めていくのか、これは多角的に考えなければいけませんし、東京都の教育庁としてもどういうことができるのかを考えていきたい。
 この2つを今年の中心に置いていきたいと思います。
 どこまでできるかわかりませんが、多少なりとも教育の分野でお役に立てればと思っておりますので、御支援をいただければありがたいと思います。


竹花委員

 竹花委員は、教育現場が直面している様々な課題の解決を進めていくため、現場の知恵を結集することが必要であると話されました。

教育現場の諸問題の解決へむけて

竹花委員写真

 まず、私が教育委員になってから、この場で過去にお話ししたことの要旨をお話します。
 一昨年は、教育行政に携わる教育委員会と学校現場が連携して、公教育に対する信頼を取り戻すために、少しでも問題解決のお役に立ちたいという思いを述べました。
 昨年は、子供の周りにいる親と公教育に携わる者が地域社会との連携を深め、子供たちを育てる大人の責任を果たすために、校長先生のリーダーシップのもとに様々な取組を進めよう、また、子供たちがこれから生きていく厳しい時代を見据えて、子供たちに、社会の様々な現実を含めて教えていこう、ということをお話しました。
 また、教育現場の問題を少しでもクリアにして解決の方向を見出したい、教職員数の問題、習熟度別授業の問題、性教育の問題、学校5日制はどうするのかということまで含め、こうした問題に果敢に取り組んでいきたいと申し上げました。
 これらの諸課題にこの1年の間、東京都教育委員会として、私自身も含めてどのように取り組んできたのか、その成果と課題について明らかにすることが本日の話です。
 この1年間で、政権交代という大きな環境の変化がありました。私たちは、これまで以上の緊張感を持ち、与えられた仕事を進めていかなければなりません。また一方で、私たちが今まで感じてきた問題の解決へ向けて、現政権に動いてもらえるチャンスも訪れていると思います。
 ある種の緊張感と、チャンスだという思いを持って問題に取り組んでいけば、色々な問題を切り開き、解決できる時期に来ていると思います。

課題解決は進んでいるのか

 まず、子供たちを育てる大人の責任を果たすために、家庭、地域、社会との連携はどの程度強化されたのかということですが、地域・社会との連携については新しい施策も進展し、開かれた学校を目指す一つの大きな動きとして着実に成果を生みつつあります。
 しかし、家庭との連携という点については、取組が中々進まない状況にあると思います。PTAのあり方について、私たちの側から様々な相談をしていくことも必要です。家庭と学校とを結び付ける大きな手段であった家庭訪問も、プライバシーの問題から実施している学校と実施していない学校があり、まだあいまいにされている問題があると思います。
 子供の基本的なことは、きちんと家庭で行ってくださいという当たり前の気持ちを持ちながらも、そう言っているだけでは家庭の状況は変わらない。そうした家庭が多々あることを放置できないのも真実で、学校がどう取り組んでいくのか、しっかりとした議論が必要です。
 次に、教育現場での課題の解決は進んでいるかということです。
 まず、教職員の増加は図られたのか。今年、わずか百数十名ですが、東京都教育委員会は、小一プロブレム、中一ギャップを解決するために、その学年の先生の算出基準を変更し、3年後には、現状より約500名の先生方を増員するという施策に踏み出しました。これは、最終的には知事の御英断を得て始まった取組です。これで足りると考えているわけではありませんが、皆さん方に御理解いただければと思います。
 次に、東京都教育委員会として、家庭との関係に困り果てた学校や先生方の問題を丸抱えする仕組みとして、学校問題解決サポートセンターを作りました。皆さん方には、是非とも活用を図っていただきたく、お願いします。
 次に、学校週5日制の問題解決です。私は、学力の向上、あるいは、子供たちに一生懸命勉強してほしいという思いを伝えるために必要な手法として、学校週5日制の見直しが欠かせないと考えてきました。私どもは教育長以下、文部科学省と相当の協議をし、「小中学校における土曜日の授業の実施に係る留意点について」という通知を1月に出しました。確かな学力の定着を図る授業の公開のために、月に2回を限度として、土曜日に正規の授業を可能とする通知です。
 私たちは、新しい取組として皆様方が土曜日に正規の授業ができるよう、この通知を出しました。是非とも、これを学力の向上に活用していただきたい。もちろん、これまでの土曜日での取組を否定するわけではありません。十分にうまくかみ合わせながら、趣旨を御理解いただいた取組を進めていただきたい。
 次に、教員が忙しすぎる状況は改善されたのかということです。教員は忙しいとよく聞きますが、その実態がまだよくわかりませんので、今年度は、公立小中学校における業務処理調査研究事業として3,400万円を予算計上しました。これは、私どもとして、これからの作業としております。
 また、不登校の問題についても、今年度は2倍の登校支援要員を確保します。残念ながら平成20年度も、中学校の不登校の出現率は3.15%です。平成4年ころには、不登校は0.5%でした。平成に入って子供たちをめぐる状況が大きく変わってきました。不登校問題はその象徴的なもので、見逃すことはできません。色々な取組を今後も継続したいと考えております。

子供たちの気になる状況

 財団法人日本青少年研究所の2008年の調査で、「私は人並みの能力がある」という設問に「とてもそう思う」と答えた中学生は日本が13.0%、アメリカが55.6%、中国が49.4%です。一方、「自分はダメな人間だと思う」という設問で「とてもそう思う」と答えた中学生は、日本では20.8%、米国では4.7%、中国では3.4%です。高校生も同様の状況です。また、「親は私を大切にしてくれる」という設問に「全くそう」と答えた中学生が日本では35.6%、アメリカでは81.2%、中国では81.5%となっています。「親は、私の学校での生活を知っている」という設問では、「全くそう」と答えた中学生が日本では15.5%、アメリカが36.6%、中国が28.2%で、大きな違いがあります。
 家庭における教育力の低下は非常に顕著であり、私たちは、子供たちの状況に少し危ぐを持つ必要があると思います。
 2002年と1990年に行われた同種の調査でも、結果はほとんど変わりません。私たちは、学校教育ばかりではなく社会全体として、本当に子供たちを育て損ねていないのかを、しっかりと考え直さなければいけない数字だと感じます。一方で、貧困家庭の子供たちにどのように対処するかという新しい社会的な課題も生じてきております。
 これからグローバルな社会で生きていく子供たちについて、今年の教育庁報に「反省をエネルギーに変えて」という一文を寄せました。私の思いを端的にまとめたものです。また、バーチャルな世界に生きている子供たち、育っている子供たち、この問題にも私たちは大きな関心を払っていかなければなりません。

魅力ある公教育づくりのため、知恵の結集を

 私はこれまでに2度、こういう形で校長先生方に、私が考えていることを伝えたいという思いで話をしてきましたが、これに答えを返してくれた校長先生は、誰一人いませんでした。教育の世界のように、お互いが意見を述べ合うことをちゅうちょしている世界は珍しいと思います。教育委員会、先生方、そして校長先生がそれぞれ持っている知恵を結集してこそ、色々な問題が解決できるのに、それを実行する仕組みも風土も乏しいという点については残念な思いがあります。
 教育施策連絡会の資料に私のメールアドレスが書いてあります。皆さん方から、私が返事を書き切れないくらいの御意見をおっしゃっていただくことを期待しています。
 皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。


瀬古委員

 瀬古委員は、3月に開催した中学生「東京駅伝」への思いと、子供たちの生活態度や服装指導について話されました。

第1回中学生「東京駅伝」

瀬古委員写真

 3月21日に、東京都教育委員会の主催で、晴海ふ頭で第1回の中学生「東京駅伝」を実施しました。
 前日の夜から、大風と大雨で飛行機も飛ばず、電車もほとんど止まっていました。私は、もう大会は中止になるのではないかと思っていました。実際に当日、荒川マラソンという2万人規模のフルマラソンの大会がありましたが、中止になりました。だからこの東京駅伝も中止になってしまうかと思っていましたが、中止という連絡はありませんでした。会場では前日からスタッフがテントを張り、コースも作っていました。当日現地に行きましたら、テントが全部倒れて、折れていまして、「これはすごいな、実施するのかな?」と最初は思いました。でも、スタッフの皆さんの、絶対にやってやるという思い、また、選手を走らせてあげたいという気持ちが通じまして、開始が1時間遅れましたが、大会を行うことができました。
 参加したのは男子51チーム、女子は50チームです。約2,000人の選手が集まりました。引率で来られた方も、この会場に結構いらっしゃいますね。発表では、応援団が1万5,000人来て、大変な盛り上がりでした。選手達は一所懸命に走っていました。私も、増田明美さんと一所懸命、朝10時から夕方4時まで解説を行いました。
 出場したのは陸上部だけではなくて、バレーボールやバスケットボールの選手、相撲部はいませんでしたが、囲碁部や吹奏楽部の生徒もいました。
 そういう中で、男女とも町田市が優勝しました。こういう大会はすごくいいことですね。今、東京都の子供たち、中でも中学校2年生の女子などは、体力テストで全国でも下から数えて何番目という状況です。2013年に東京国体がありますが、少しでも、走ることを通して体力向上に向けた意識改善を図っていただくために、このような駅伝を今後も積極的に進めてほしいと思います。
 誰もいない晴海ふ頭に、よく1万5,000人も集まったと思います。そのうち銀座の街を走るコースを、と考えています。銀座で走る。これは夢ですけどね。そうなればいいなと思っています。

「格好」をきちんとしてほしい

 先日、バンクーバーオリンピックが終わりました。バンクーバーオリンピックでは、一部というか、一人の選手が、服装問題でいろいろありました。腰パンと、ネクタイをきちんと締めないで、シャツの裾は出して鼻ピアス。皆さん、どう思われましたか? やはりあまり爽やかではないです。
 オリンピックの派遣の編成方針というものが定められています。ここで少し読みます。「日本代表選手団は、礼儀を尊び規律を遵守し、活力ある日本を代表するに相応しい選手・役員をもって編成する。」となっています。どう見ても、ふさわしいとは思えません。また、言葉づかいも良くなかったです。格好というものは大事で、格好をきちんとすれば良く見えるのです。
 石川遼さんを見てください。言葉づかいもいいし、格好もきちんとしています。やはりきちんとした格好をしていると、生活態度もきちんとしているんです。
 この間、日比谷高校の学生が東大に19人合格(※現役合格者)したとのことで、木村委員長がその発表をテレビで御覧になっていたそうです。そうしましたら、生徒は皆きちんとした服装で、茶髪は一人もいなかったとのことです。日比谷高校の校長先生も、こちらの会場にいらっしゃっていますでしょうか。
 やはり形はきちんとしましょう。私も昔、マラソンが少し速かったときに、NHKのニュースに呼ばれました。監督から、「瀬古、格好だけはきちんとしていきなさい。」と言われて、詰め襟でピシッとした格好で行きました。前に学帽を置くんです。そうしましたら、「瀬古さん、足も速いし、頭もいいんですね。」と言われました。学帽を置いているだけで、そう言われました。(笑)
 皆さんの学校には、制服がない学校もあると思いますが、制服があるところもあるでしょう。制服というのは、学校の顔、学校の誇りですから、きちんとしましょう。そのことをきちんと教えられない先生はだめだと思います。きちんと制服を着なさいと指導して、ネクタイもきちんと締めてやる。それくらいは教えてください。
 格好を良くすれば、態度も必ず良くなります。結婚式で、タキシードを着て、ウェデングドレスを着ていると、どんな人でも必ずピシッとしています。不思議なことに、服装がだらだらしていると、だらだらとしてしまうものです。
 ですから、勉強の前には、まずしっかりした格好をする。受験勉強も、鉢巻きを締めたらそれなりの姿になり、やろうという気持ちになるんです。
 ですから、まず生活態度、服装、そういうところを、先生方にはしっかりと指導していただきたいと思います。よろしくお願いします。