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東京都教育ビジョン(平成16年4月策定)本文

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最終更新日:平成30年(2018)2月28日

はじめに

戦後、わが国は、社会・経済全般にわたり新たな制度を整え、国民の努力と熱意によって、荒廃の中から飛躍的な発展を遂げてきました。とりわけ、教育は、学校教育をはじめとする諸制度の整備を図り、国民の教育水準を向上させ、わが国の発展を支える大きな原動力となってきました。

しかし、21世紀を迎えた現在、従来の制度は、様々な面で行き詰まりを見せており、特に教育において改革の必要性が強く迫られています。長引く経済の停滞など将来への閉塞感が広がる中で、親や大人たちは、子育てに対しても自信を失くし、確固たる信念を持って子供たちを導いていける親や大人が少なくなってきています。また、都市化や核家族化が進行する中で、家庭や地域は、従来のように、十分な教育力を発揮できない状況が生じてきました。さらに、学校教育においても、切磋琢磨することや競い合うことを避ける傾向がみられ、また、画一的な教育が行われる中で、子供たちの個性や能力を十分に伸ばしきれない面があります。

東京都教育ビジョンは、このような戦後教育の反省に立ち、今日の教育をめぐる課題を改めてとらえ直し、21世紀の東京ひいては日本の創造的発展を支える人間の育成の視点に立って、これからの教育のあり方を明らかにしていくものです。21世紀は、多様な生き方を包容する社会の中で、一人一人が、自らの資質・能力を生かし、目標の実現を目指して努力していく生涯学習社会です。このような社会の中で豊かに生きていくために必要な力を養うとともに、次代を担う人間を育成していかなければなりません。

教育ビジョンでは、目指すべき人間像を示し、ついで、子供たちの教育の担い手である家庭・学校・地域・社会の役割を明らかにしています。その上で、東京都における今後の取組を12の方向とそれに基づく33の提言としてまとめています。ここに示された方向や提言は、現行制度の枠組にとらわれることなく、中長期的展望に立って、これからの都の教育改革の方向性を示すものです。

今後、国や区市町村との連携を深めるとともに、都を挙げて、この教育ビジョンの実現に向けて、取り組んでまいります。

教育ビジョン策定に貴重なご意見をお寄せいただきました多くの皆様に感謝申し上げますとともに、この教育ビジョンの実現に向けて都民の皆様の一層のご支援ご協力をお願いいたします。

東京都教育委員会

第1章 教育ビジョンとは

*印を付した記述は、資料編に参考資料を掲載しています。

自ら切り拓く人生

21世紀は、生涯学習社会の時代である。自らの資質・能力を生かし目標に向かって努力を重ね、生涯を通じて自己実現に努めていくのが生涯学習社会であり、その社会の中で生きていくために必要な力を付けるのが教育注1の役割である。人は、乳幼児期から学童期、思春期そして青年期注2へと成長する過程で、様々な人と出会い、様々な体験を積み重ね、多くの知識や技能を学びながら、社会を担う自立した大人へと成長していく。

成長の過程で教えを受けた教師を、生涯の師としている人も決して少なくない。また、子供の頃に興味・関心のあったことを追求し、一生の仕事につなげた者も多い。若いころの尊敬する人との出会いや心ゆさぶる体験、新しいことを知った喜びが、その人の一生に大きな影響を与えることはよくあることである。そして、このような経験を心にとどめ、生涯をかけて夢を膨らませ、その夢を実現しようと努めることは、21世紀が目指す生涯学習社会が理想とするひとつの姿である。

しかし、現実は

しかし、今日の子供たちや子供たちの教育をめぐる環境はどうであろうか。

今日の子供たちは、規範意識*1公共心*2学ぶ意欲の低下*3忍耐力の不足*4などが指摘されている。また、大人になりたがらない子供*5や、将来への夢や希望を描けない子供*6が増加し、社会への参画意識も希薄になり、なかなか社会人として自立できない若者*7が多くなってきている。

一方、子供たちの教育の担い手である家庭注3学校注4地域注5社会注6は、その責任を十分果たしているとは言えないのではないか。

家庭では、都市化や核家族化が進行する中で、子育て経験の不足*8などから子育てに自信のない親*9が増加しており、また、今日の家庭の教育力に対しても、厳しい評価がなされている*10

学校も、いじめや不登校、学級崩壊などの課題*11の解決に加え、家庭や地域から子供の教育について過度の期待を負わされている*12。また、教員の意識や学校の体質なども、閉鎖的で社会の変化に対応していく柔軟性に乏しく*13、なかなか改善が進まない面もある。さらに、高等教育機関注7においても、社会が求める人材を育成するという視点が十分とは言い切れない*14

地域は、従来は、子供たちの集団的な活動や体験的な活動ができる場であったし、それらの活動を支える大人がいた。しかし、地域差はあるが、今日の東京のように地域コミュニティーの力が弱まる中で、地域は教育の役割が十分に果たせなくなってきている*15

また、広く社会においては、大人たちのモラルの低下、氾濫する有害情報が子供たちの健全な育成に、マイナスの影響を与えている。一方、NPOやボランティア活動団体などをはじめとして社会貢献や人材育成の意識が高まってきている*16ものの、未だ十分な力を発揮しきれてはいない*17

振り返って見ると

振り返ってみると、戦後、わが国は、新しい教育制度の下で国民の教育水準を向上させ、これを原動力にして、飛躍的な経済の発展を遂げてきた。しかし、その中で、物質的な価値を優先しがちで、子供たちの育成にとって大事な正義感や倫理観、思いやりの心など精神的な価値を十分伝えてこなかったし、自由や権利を重視するあまり、責任や義務を軽視する傾向が見られた。また、学校教育においても画一的な教育が行われる中で、機会の平等と結果の平等を履き違え、切磋琢磨することや競い合うことまでも過剰に避ける傾向が見られた。その結果、子供たちの個性や能力が十分に伸ばすことができない面があった。

さらに、近年は、長引く経済の停滞の中で従来の成功モデルが失われ、また、大人たちの倫理観の低下*18が見られるなど、社会全体に閉塞感が広がり、将来への展望が描けず、少子高齢化とあいまって、我が国の将来にわたる活力低下が危惧されている。このような中で、親や大人たちは、子育てに対しても自信を喪失し、確固たる信念をもって子供たちを指導する親や大人が少なくなってきている。*19

東京都は、このよう状況を打開するために、平成12年に「心の東京革命」の取組をスタートさせた。この「心の東京革命」は、次代を担う子供たちに、親や大人が責任をもって正義感や倫理観、思いやりの心をはぐくみ、人が生きていく上での当然の心得を伝える取組として、家庭・学校・地域・社会が行動主体となり、社会全体に展開していく運動であり、今後も充実を図っていく。

21世紀を支える人間の育成を目指すためには、こうした「徳育」を重視した取組に加え、「知育」や「体育」についてもトータルに捉えた取組を進めていかなくてはならない。

教育ビジョンの必要性と性格

子供たちの現実の姿を見るとき、この子供たちが担う次の時代に対して、不安を覚える大人が少なくない*20。しかし、規範意識や公共心の低下など子供たちの現状は、大人の世界の反映でもある。そこで、今戦後教育の反省に立ち、今日の教育をめぐる課題を改めてとらえ直し、21世紀の東京ひいては日本の創造的発展を担う人間の育成の視点に立って、これからの教育のあり方を明らかにしていかなければならない。

東京都教育ビジョンは、このような認識に基づいて、21世紀を担う子供たちの育成という共通の目標のもとに、目指す人間像、家庭・学校・地域・社会に期待される役割を明らかにする。その上で、子供たちの教育をめぐる課題と東京都における今後の取組の方向を示すものである。

ここで示す課題は、現行制度が抱える根源的な問題点を含んでおり、解決のための取組の方向や提言は、中長期的視点に立った、現行制度の枠組を超えたものである。

教育ビジョンの目指す人間像

東京都教育委員会は、日本の未来を担う人間を育成する教育が重要であるとの認識に立って教育目標を次のように定めている。

「東京都教育委員会は、子供たちが、知性、感性、道徳心や体力をはぐくみ、人間性豊かに成長することを願い、

  • 互いの人格を尊重し、思いやりと規範意識のある人間
  • 社会の一員として、社会に貢献しようとする人間
  • 自ら学び考え行動する、個性と創造力豊かな人間

の育成に向けた教育を重視する。」

この教育目標に定める人間像は、自らの夢や目標の実現を目指して努力し、自己実現を図っていくことのできる人間、自らを厳しく律するとともに、他者への思いやりの心をもち、様々な人々との交流などを通して豊かな人間関係を築くことのできる人間、日本の伝統・文化を尊重し、自らの言葉で語ることのできる人間、世界の中の日本人としての誇りと自覚を持って、社会の一員としての責任を果たし、社会に積極的に貢献していこうとする人間である。

そして、この人間像は、都民が期待する人間像と広く共通している*21

多様な価値観を包容する社会の中で、このような人間が活躍するのが、21世紀の生涯学習社会の姿である。東京都教育ビジョンにおいても、この教育目標に示された人間像を、21世紀を担う人間の基本的な像として位置付ける。

家庭・学校・地域・社会はどのような役割を期待されているか

家庭 基本的な生活習慣等を身に付け、家族愛の中で心の居場所を見出す場

子供の教育は、家庭から始まる。子供は、親をまねて、あるいは、親の叱る言葉やほめ言葉によって、しなければいけないこと、してはいけないこと、我慢しなければいけないことなどの規則や基本的な生活習慣を身に付けていく。基本的な生活習慣が健康につながることや、努力や我慢をして物事を成し遂げると達成感の喜びがあることを学ぶことは、子供の成長に大変重要なことである。家庭がしつけや基本的な生活習慣を教えなければ、学校や地域が教えても日常生活の中にはなかなか根付かない。家庭でのしつけを土台として学校や地域、社会でのルールやマナーが身に付いてくるのである。

さらに、子供は、親や大人への依存関係や信頼関係の中で安定した心の居場所を確保することになる。子供は誕生から一人立ちするまで、はじめのうちは全面的に、成長するにつれて距離をもちながらも、父性、母性、家族の愛や慈しみに守られて大きくなる。家庭の外での冒険や競争からくる心理的な緊張状態も家庭の中で癒されるから、再び外へと出て行く意欲へとつながるのである。そして、その意欲を、最終的には社会への自立へとつなげ、責任を持って一人前の大人へ育て上げていかなければならない。これができるのは家庭である。このような意味で、家庭は子供の教育の原点であると同時に最終責任者でもある。

家庭の教育は、その後の教育の土台となる基本的なもので、非常に重要であるが、現在、家庭が本来果たすべき役割を十分果たしていると考えている人は少ない。家庭は、なにものにも替えがたい役割を果たしていかなければならないし、また、それを支援するための取組も積極的に講じられなければならない。

学校 社会で求められる知識・技能、人間関係の基礎などを習得する場

子供たちは、学校生活の中で互いに切磋琢磨しながら、自立した人間として社会で活躍するために必要な知識や技能を学び、また、協調や競い合いの中で、人間関係の基礎を身に付け、社会に出る準備をする。

幼稚園・保育所などでは、遊びなどの生活の中で基本的な生活習慣にかかわることも含めて学んでいく。小学校に入学すると、同年齢の子供たちと一緒に授業を受けるようになる。中学校、高等学校、大学・専門学校等と成長するにつれて、学ぶ内容も自分で選ぶようになり、次第に高度で専門的になっていく。

さらに、同年齢の仲間との交わりを通して、様々な刺激を受け、友人をつくったり、異性への憧れを経験したりして豊かな人間関係の基礎を培うこととなる。

また、社会で求められる知識・技能や人間関係の基礎などの習得のためには、一人の子供の各成長段階を見通し、幼稚園・保育所から小・中学校、さらに高校など、学校間の連携は、欠くことができない大切なことである。

ところで、少子化や核家族化、都市化の進行などを背景に家庭や地域の教育力の低下が懸念される中で、学校に対する過度の期待、依存傾向が強まっている。

一方、学校もいじめ、不登校、学級崩壊など、多くの深刻な課題を抱えている。

家庭・地域が担うべき教育は、本来の担い手に委ねるべきである。その上で、学校は地域、社会の協力を得ながら、今直面する様々な課題に向き合いつつ、子供たちに確かな学力、道徳心、体力などを身に付けさせ、知・徳・体の調和のとれた人間を育成するという、学校本来の役割を果たしていかなければならない。

地域 人間関係や社会の中での習慣や規則を学ぶ場

子供たちは、自分の家庭以外の家庭や職業、生活を見ることにより、今まで気付かなかったより広い世界があることに気付く。また、地域の大人から親とは異なることで叱られたり、誉められたりすることにより、家庭内では気がつかなかったことでも、大切にしなければならないことやしてはいけないことがあることを学ぶ。さらに、遊びや運動などを通し、先輩や後輩を交えた人間関係の中で、人と協力すること、あるいは、意見を異にしたときにそれをどのように調整していくかなどを体験的に学ぶことになる。また、地域行事にかかわることは、子供たちにとって地域における共通の文化や価値観を共有するための貴重な機会でもある。これら地域における様々な体験は、自然に、子供・若者たちに豊かな人間関係や社会における習慣やルールを身に付けさせることになる。

しかし、今日、大人たちは、地域においてこのような役割を果たしているとは言い難い。大都市東京では、かつてのような地域コミュニティを現代社会に再現することは難しい。NPOやボランティア活動団体が多いという東京の地域特性*22を生かしながら、地域の人材を組織化するなどして地域の教育力を高めていく必要がある。

社会 職業生活や社会貢献を通じて自己実現を図る場

若者たちは、企業等での職業生活を通し、経済的に独立するとともに、多くの試練を経験し、磨かれることで自立した社会人として認められていくようになる。また、多様な学習機会を活用して、職業人として必要な高度な知識・技能、大人としての文化・教養を学んでいく。

さらに、若者たちは、余暇時間の増大の中で、ボランティア活動やNPO活動の実践などを通して、社会への積極的なかかわりをもつことにより、自己実現を図っていくことになる。

しかし、家庭や地域の教育力の低下が懸念され、学校へのこれ以上の役割分担が難しい現在、企業等がこれからの教育の担い手として、また、他の教育の担い手に対する支援者として社会的責任を果たすことがこれまで以上に期待される。

また、近年、情報通信技術の高度化が急速に進む中にあって、メディアが子供・若者たちに与える影響は無視できない。メディアは、様々な情報を発信し、子供たちの日々の生活に深くかかわっている。そこで、メディアの側にも、その影響力にふさわしい社会的責任を自覚した行動や教育への貢献が求められる。

第2章 東京の教育が目指す12の方向

核家族化や都市化の進行など、子供たちを取り巻く環境が大きく変化する中で、教育の担い手である家庭・学校・地域・社会は、様々な課題を抱えながら子供のたち育成に努力している。しかし、当事者の努力だけで、子供たちの教育をめぐる課題が全て解決できるわけではない。ここでは、子供の成長段階ごとに、現行の制度的な枠組みにとらわれることなく、そもそもの課題がどこにあるのかを明らかにした上で、中長期的な展望に立って課題解決のために必要な取組の方向と提言を示していく。

1 乳幼児期の課題と取組の方向

乳幼児期は、親をはじめとする周囲の大人の愛情や信頼関係と安定した情緒の中で人間性の基礎が形成され、健康な身体がはぐくまれる。 また、ほとんどの子供は小学校就学前に幼稚園又は保育所に通っており*23、遊びなどの生活の中で基本的な生活習慣、集団生活のルールなど、健全な心身の発達の基礎を学んでいく。

取組の方向1

(1)家庭の役割を重視し、様々な立場から子育て・家庭教育を支援する
1. 子育て支援・家庭教育支援の充実、強化 【提言1】

乳幼児期の教育は、家庭が担う役割が大きいにもかかわらず、十分果たされていないと多くの人は考えている*24。かつて、多くの家庭では世代間の絆が強く、子育てをはじめとしたそれぞれの家庭の文化や価値観が、祖父母から父親、母親へ、そして父母からその子供たちへと世代間で継承されていった。そうしたなかで、若い世代が親としての自覚を深め、成長していった。

しかし、現在の東京では、このような家族の結びつきが希薄化しており、そのため、様々な立場から家庭を支援する方策*25をとらなくてはならない。

行政は、教育相談所、児童相談所、子供家庭支援センター、保健センター など、各種の窓口で実施している相談・情報提供の充実・改善など、子育てに孤立しがちな若い親などへの支援体制を今後も整えていかなくてはならない。

また、親としての責任を果たさないばかりではなく、児童虐待などの深刻な問題*26も多いことから、家庭・学校・地域・社会などが連携し、家庭の教育力を高める取組*27を充実し、親としての自覚、責任ある行動を促していく。

2. 学校教育での保育体験学習の必修化 【提言2】

家庭教育支援は、親となってからだけでは十分ではない。将来親となる若者に対しても、発達段階に即した子育ての準備教育を行う必要がある。そこで、学校教育の中でも、現在、高校の家庭科を中心に行われている保育体験学習の必修化を図っていく。このような体験学習を通じて、児童・生徒は、将来、親となり、子供を育てていくことの意義や大切さを体験的に学ぶことになる。

取組の方向2

(2)職業人でもある親は、職業生活と家庭生活の両立を図り、企業も従業員の教育活動を支援する
1. 親としての責任を果たすための教育への積極的なかかわり 【提言3】

父親と母親がともに子供にかかわり、親としての教育上の責任を果たしていくことが重要である。特に、父親の積極的な関わりが求められる。

職業人でもある親は、子供の教育を家族任せ、学校任せにしないためにも、職業生活と家庭生活の両立*28を図り、子供の教育に関わっていくことが望まれる。学校の参観日や保護者会などに出席したり、地域の行事に子供とともに参加するなど、子供の教育に積極的に関わり、親としての責任を果たしていくことが期待される。

2. 企業による従業員の教育活動支援と条件整備 【提言4】

企業も親である従業員の教育活動を支援*29する必要がある。しかし、個別の企業の努力に任せるだけでは十分ではない。例えば、現行の育児休業期間を延長することや、従業員が親として地域や学校の教育活動に参加する際の教育休暇を制度化するなど、親や企業の取組を促す条件を整備し、社会全体で職業生活と家庭生活の両立を図る取組を進めていくことが望まれる。

取組の方向3

(3)小学校への円滑な移行を可能とする就学前教育を目指す
1. 幼稚園・保育所・小学校の連携強化による小学校への円滑な移行 【提言5】

現在、小学校では、「小1プロブレム」注8と呼ばれるような状況が生じており*30、幼児期からの心の教育や幼稚園・保育所と小学校教育との接続の重要性が改めて注目されている。

就学前の子供たちは、幼稚園や保育所において、たくさんの友達や先生とともに生活する中で、社会のルールに合わせて自分を抑えようとする力や、人間として自分らしく生きる力を培っていく。幼稚園・保育所は、幼児期の心の教育を担う重要な場であり、国の縦割り行政の制約や、公立私立の垣根を越えた連携を図り、例えば、教員・保育者の相互交流・合同研修を行うなど、幼児期からの心の教育を重視した取組をともに行っていく必要がある。

また、就学前の子供たちがよりよい小学校生活に向かっていくためには、幼稚園・保育所と小学校の3者が、それぞれの指導や保育の内容注9を正しく理解しあい、連携を強化する中で、就学前から小学校への連続性を重視した教育を工夫し、実施していかなければならない。

2. 利用者のニーズに応じた就学前教育への転換 【提言6】

就学前の同じ年齢の子供たちが生活する場でありながら、幼稚園と保育所は、所管省庁が違うばかりではなく、入所の条件、施設設備の基準や配置する職員の資格、子供たちが施設で過ごす時間など、さまざまな制度上の違いがある。

幼稚園・保育所では、それぞれが現行の制度上の制約の中で、例えば、幼稚園で預かり保育を実施したり、保育所で教育的取組みを行うなど、創意工夫を図りながら保護者のニーズに応える努力をしている。

しかし、当事者の努力だけでは自ずと限界がある。両施設の長所が生かされながら、利用者のニーズに応じた柔軟な運営や適切な教育が行われるよう、国において現行制度のあり方を抜本的に見直していくべきである。

 

2 学童期の課題と取組の方向

学童期は、乳幼児期に主に家庭で培った、基本的な生活習慣を土台に、社会生活を送るうえで必要な基礎的な知識を身につけると同時に、スポーツ・体育を通じて体力をはぐくみ、心身の健全な発達を図っていく時期である。また、生活が家族から次第に仲間同士に移っていく中で、様々な人間関係を体験し、集団のルール、社会性を身に付けていく。

取組の方向4

(1)生涯学習の基盤となる確かな学力を育成し、一人一人の個性・能力を伸ばす
1. 「ゆとり」の中ではぐくむ確かな学力、生きる力 【提言7】

小中学校では、平成14年度から新たな学習指導要領が実施された。教科指導の内容と授業時間数が減ったことから、児童・生徒の学力注10低下を懸念する声も多い*31

ところで、新たな学習指導要領は、これまでの知識偏重の詰め込み教育を改め、完全学校週5日制のもと、一人一人の児童・生徒の「生きる力」注11を育成することをねらいとして改訂されたものである。

東京都教育委員会は、この基本的な考え方に立って、教育内容を基礎的・基本的な内容に厳選し、時間的・精神的なゆとりの中でじっくり学び、基礎・基本を確実に身に付ける教育を推進し、確かな学力を育成する。また、児童・生徒に、学ぶことの意義を理解させるとともに、競い合い・切磋琢磨する中で、児童・生徒の学習意欲の向上を図っていく。

さらに、多くの知識を教え込む教育から、自ら学び自ら考える力など「生きる力」をはぐくむ教育への転換を図っていく。これにより、児童・生徒一人一人の個性、能力、感性などを伸ばす教育を推進する。

2. 習熟度別少人数指導の推進 【提言8】

わかる授業によって、すべての児童・生徒が基礎的・基本的な学力を身に付 けることが基本ではあるが、教科によって、また、学年の進行によって、児童・ 生徒一人一人の理解の程度や習熟度にばらつき、差が生じることは否定できな い。理解度が中位レベルの児童・生徒に合わせざるを得ない一斉授業では、こうした課題に的確に対応し、すべての児童・生徒がわかる授業を行うには困難な 面もあり、逆に、理解の進んでいる児童・生徒や、そうではない児童・生徒にとっても、満足できないものとなることもある。

こうした課題を解決するため、算数など、理解に差の生じやすい教科については、一定の学年から、習熟度別の少人数指導*32を今以上に推進する。

3. 人間関係の基礎となるコミュニケーション能力の確かな育成 【提言9】

自分の考えを正確に相手に伝え、相手の考えや思いを正しく理解するコミュニケーション能力は、人間関係の基礎となるものである。コミュニケーション能力を高めることにより、自分と他者とのかかわり、社会の中での個人の役割、責任などについての自覚が涵養され、また、これによって社会への参画意欲が 呼び起こされる。

学校教育において、表現力、論理的思考力、 会話能力や討議能力の育成など、 児童・生徒のコミュニケーション能力の育成を図ることが大切である。このため、コミュニケーション能力の基礎を培う小学校の段階から、国語の時間だけでなく、学校の教育活動全体を通じて、国語力の育成を図らなければならない。

取組の方向5

(2)義務教育の現行の枠組を長期的展望に立って見直す
1. 就学期間の弾力化と小学校入学年齢の見直し 【提言10】

日本の戦後教育は、機会の平等よりも結果の平等に重きを置きすぎてきたきらいがある。また、競争的な環境を過剰に排除する傾向が強かった。このよう な反省に立って、これからの義務教育のあり方を考えた場合、中長期的な課題として、就学期間などの問題がある。一人一人の児童・生徒の能力、理解度に差がある*33なかで、現在の学校では、すべての児童・生徒が学習指導要領の目標を達成していても、そうでなくても一律に進級、進学し、9年間という義務教育期間が満了すれば卒業するしくみとなっている。

今後は、児童・生徒が、単に履修したかどうかにとどまらず、ナショナルミニマムとして必要な学力注12を真に身につけたかという観点から捉えていく必要 がある。例えば、各段階での最低到達目標を具体的に設定し、一人一人の到達状況を検証していくことも必要である。また、卓越した能力を持つ児童・生徒の育成については、現行の義務教育の枠組みの中では全く考慮されていない。世界各国ではすでに取り組んでいるところも多い。わが国においても、今後検討すべき制度上の課題である。

また、小学校就学年齢については、幼児期の子供の成長の個人差を考慮し、一定の年齢幅の中で選択できるような柔軟な制度とすることも含め、国において検討されるべきである。

2. 小中一貫教育の検証 【提言11】

小中一貫教育についても検討していくべきである。中等教育の一貫校(中等教育学校、併設型中高一貫校)については、都内ではすでに多くの私立学校で中高併設による一貫教育の実績があり、都民の支持を得ているところである。

また、公立については、平成11年に制度が整備され、国民の期待も高いことから、15年度現在、全国で14校が設置され、また、今後設置を計画して いる自治体も多い。

小中一貫教育については、現在いくつかの私立学校では小学校や幼稚園からの一貫教育も行っており、また今後、研究開発校の指定を受けた自治体、構造改革特区注13の認定を受けた自治体での取組が予定されている。小学校6年間、中学校3年間という形で分断されることなく、一貫教育のメリットを活かし、心身の発達段階にあわせた指導や系統的な指導など、様々な教育の展開が可能 となるものと考えられる。先行自治体での取組をとおして、成果と課題を検証 し、国としての方向性を検討していく必要がある。

3. 特別支援教育の改善 【提言12】

近年の社会のノーマライゼーションの進展や児童・生徒の障害の重度・重複 化や多様化の進展、小・中学校の普通学級に在籍するLD(学習障害)、ADHD(注意欠陥/多動性障害)、高機能自閉症注14の児童・生徒への対応など、障害のある児童・生徒をめぐる状況は大きく変化している。

こうした状況を踏まえ、今後東京都は、障害の重度・重複化や多様化に対応し、LD等を含む、障害のある児童・生徒の個に応じた指導を充実していく。

また、都と区市町村が連携し、地域の実情に応じた特別支援教育注15体制を構築していくとともに、教育ニーズに応じた指導を充実するための学校の専門性 と教員の資質・専門性の向上を図っていく。あわせて、児童・生徒の多様な教育ニーズに対応するため、教育環境の整備も推進していく。

取組の方向6

(3)学校教育の担い手である教員の資質向上を図る
1. 教員養成のあり方の見直し 【提言13】

教育の成否は、学校教育の直接の担い手である教員の資質・能力に負うとこ ろが極めて大きい。次代を担う子供たちを託すことができる、高い志を持ち、実践力に優れた教員を養成していかなければならない。

ところで、現行の教員養成は、教員養成課程を置く大学において、学校種別ごとの免許状を取得するために必要な教科に関する科目、教職に関する科目の 履修を中心にして行われている。このため、初任者教員の現状として、実践的な指導力や柔軟な対応力が不十分なことや社会性に欠けることなどが指摘されている*34。教員を養成する大学には、より一層の実践的な指導力や社会性の育成が求められている。しかし、個別の大学の努力だけでは限界があることも事実であり、学校現場などとの連携の仕組みづくりが必要である。

また、小中学校教員の養成課程においては、今まで以上に「道徳」や生活指導に関わる科目の充実を図るなどの改善も、国において検討すべきである。

2. 努力や成果を重視する制度の構築 【提言14】

現職教員の資質・能力の向上も重要な課題である。東京都教育委員会では、これまで、教員の資質・能力の向上のための取組として、能力開発型の人事考課制度を導入し、また、人事考課と連動した研修制度を構築し、個々の教員がそのライフステージごとに、それぞれの課題に応じた研修を通じて能力開発していく仕組みを整えてきた。また、指導力に課題のある教員に対する指導方針や人事・任用面での手続きのルール化を図ってきた。しかし、こうした取組みは、まだ緒についたばかりであり、今後さらに徹底させ、教員一人一人の資質質能力を高め、授業改善、生活指導の充実に結び付けていく。

また、今後は、給与制度についても見直していく必要がある。現行の、年功 ・一律的な教員給与を見直し、教育活動に創意工夫を凝らし熱心に取り組む教員、生活指導や部活動に意欲的に取り組む教員など、頑張って成果を上げている教員については、それを適切に給与に反映できるメリハリのある給与制度を 構築し、教員の資質・能力の向上を図る。

3. 教員の任命権の委譲も視野に入れた検討 【提言15】

都教育委員会と区市町村教育委員会は、公立義務教育の現状と課題について検討することを目的に「義務教育改革に関する都と区市町村の連絡協議会」注16を設置し検討を重ねた。その中で、「県費負担教職員の任命権に関する検討」も行った。その間に、特別区教育長会からは、教員の任命権の委譲に関する要望 が出された。その趣旨は、区教育委員会の教育方針に沿った学校教育の充実などであった。

「協議会」での検討の経過なども踏まえながら、今後、公立小中学校の設置者として義務教育に責任を負う区市町村が、その責任を十全に果たしていく上で、教職員の任命権はどうあるべきかという観点から、都と区市町村がともに検討していく。

取組の方向7

(4)学校と地域が連携して子供たちの社会性をはぐくむ取組を進める
1. 学校と地域が連携して行う交流・体験活動 【提言16】

子供たちの社会性は、様々な人々との交流や体験活動などを重ねることに よって培われる。現在、学童クラブや児童館、社会教育施設などでは、子供 の居場所づくりを支援する取組の中で、地域の高齢者などと子供たちの交流の機会づくりなども行われている。

こうした交流・体験活動は、本来、学校や地域がそれぞれ単独で行うのではなく、相互に連携し、継続的に行ってこそ、大きな効果が期待できる。

今後は、総合的な学習の時間や学校行事などを通じて、学校と地域が連携し、相互の利点を生かし、子供たちに、自分と異なる年代・世代の人々や日本以 外の多様な文化的背景を持つ人々などとの交流・体験活動の機会を提供することで、社会の一員としての自覚、思いやりの心など、豊かな人間性をはぐくむ。

2. ボランティア活動の振興と地域教育力をコーディネートする仕組みづくり 【提言17】

都教育委員会が行った調査では、子供の育成を支援するためにボランティア活動に参加したいとする大人は6割以上いるが、現実には、7割近くの人はボランティア活動に参加したことがない。その主な理由は、時間的な余裕がないためとの回答が多かった*35

これからは、職業を持つ大人が、日頃から地域で活動しやすいよう、ボランティア休暇の一層の普及、それに対する企業への何らかのインセンティブの付与など、社会全体での取組を推進すべきである。

また、地域と学校とが円滑に連携していくためには、学校や地域のニーズと ボランティアを希望する人材・団体等とをマッチングさせていく機能も重要で あり、コーディネートできる人材、団体の育成、仕組みづくりを進めていかなくてはならない。

 

3 思春期の課題と取組の方向

思春期は、基本的な知識とそれを応用する力をつける時期であり、また社会や自分の将来への関心を高める時期で、興味や関心、将来目標を踏まえて学ぶ内容を選択していく時期である。一方、思春期は、子供たちの活動範囲や交友関係が拡大し、また反抗期を向かえる時期でもあり、乳幼児期から家庭・学校・地域などではぐくまれてきた、生活習慣や規範意識が揺らぐ時期でもある。

取組の方向8

(1)子供たちの規範意識や公共心を確かなものとする
1. 国際社会に生きる日本人としてのアイデンティティをはぐくむ教育 【提言18】

社会経済のグローバル化が進展する国際社会の中で、今後とも日本が発展し、今以上に重要な役割を担っていくためには、さまざまな分野で日本人として国際社会に貢献し、世界の人々から信頼され、尊敬される人間を育成していくことが重要である。そのため、学校教育の各段階において日本人としての誇りと自覚をはぐくむ教育が促進されることが必要である。特に思春期において、日本の伝統・文化への理解を深め、郷土や国に対する愛着や誇りを育むとともに、多様な文化に対する理解を深め、国際社会に生きる日本人としてのアイデンティティをはぐくむ教育を推進する。

2. 奉仕体験・勤労体験の必修化 【提言19】

多感な時期の子供たちに対し、規範意識や公共心を育成していくには、単に守るべき社会のルールやマナーを言葉で教えるだけではなく、実際の社会の中で、体験的に学ばせていくことが必要である。そこで、学校教育において、児童・生徒に対して、長期の社会奉仕体験や勤労体験等を義務付けることも検討すべきである。

奉仕体験や勤労体験等を通して、他人に共感し、社会の一員であることを実感し、また、社会に役立つ喜びや、勤労の大切さなど多くのことを体験的に学んでいく。*36
今後は、学校が地域と連携し、児童・生徒の奉仕活動・勤労体験活動を地域の中で意図的、計画的に行っていけるような仕組みをつくっていく必要がある。

3. 子供たちが犯罪に巻き込まれないための取組 【提言20】

現代は、子供たちが犯罪に巻き込まれやすい環境に満ちている。善悪の判断が十分身についていない子供や、どのような危険が身の回りにあるかをイメージできない子供が増えている。一方、メディアの発達によって、過剰な性や暴力の情報、様々な誘惑をもたらす情報などの有害情報が簡単に入手できる状況*37や、全く面識のない他人と簡単に知り合うことにより犯罪に巻き込まれる危険性が増加している。こうした、子供たちを取り巻く環境の悪化は、親や大人の責任である。

今後は、子供たちが犯罪に巻き込まれないようにするために、警察と学校、家庭、地域が連携し、子供たちに対し非行や犯罪の防止教育を徹底することや非行や犯罪防止のために大人たちによる実効性ある組織的な取組を行う。

また、有害情報から子供たちを守るために、情報リテラシー教育注17の充実とあわせて、立法面での対策も含めた取組も必要である。

取組の方向9

(2)系統的なキャリア教育で、将来の目的意識や学ぶ意欲を育てる
1. 学校全体で取り組む計画的なキャリア教育 【提言21】

キャリア教育注18とは、児童・生徒一人一人の勤労観・職業観を育てる教育のことであり、職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性 を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育のことである。

このように勤労観や職業観の育成は、児童・生徒一人一人の在り方生き方と密接に結びついており、単に教科指導だけではなく、道徳や特別活動など学校における教育活動全体を視野に入れた取組が必要である。また、進路選択の能力・態度の育成は、成長の各段階で、様々な体験や自ら選択・決定の場面に向き合って考えることの繰り返しによって徐々に形成されものであり、児童・生徒の自立を目的として、各成長段階に応じた指導が重要である。

このため、例えば高校において、生徒に1年生のうちから、進路情報の提供、キャリアカウンセリングなどにより、労働の意義の理解や自立意識の涵養を図る取組を進めるなど、自らの夢の具現化に向けて自覚的に取り組ませるキャリア教育を学校全体で組織的・計画的に取り組む。

2. ものづくり教育の推進とキャリア教育充実のための遊学制度の創設 【提言22】

東京の産業の将来のためにも、東京に蓄積された高い工業技術・IT技術、伝統工芸、農林水産技術などを生かし、中学・高校生、さらに小学生まで視野に入れて、生産の場と学校が連携して「ものづくり教育」注19を積極的に推進する。

また、子供たちが、自らの将来の在るべき姿を描き、キャリアプラン注20を確立するために、例えば高校在学中に、国内外での就業・就学経験、ボランテ ィア体験などを積むための休学、いわば「遊学制度」の創設などにより、キャリア教育を一層充実させる。

3. 学校と企業などとの人事交流をはじめとした連携・協力 【提言23】

子供たちが自分たちの未来を考える条件を整えるために、インターンシップやデュアルシステム注21ジョブシャドウ注22等の取組を充実させることはもとより、さらに、学校と社会とが連携・協力して人材を育成する仕組みを整える。

例えば、学校と企業などとの人事交流制度を整え、短期間、社会人を市民講師として任用する。こうした取組を通じて、児童・生徒が身近に社会人と接することのできる機会をつくり、そこで社会人から児童・生徒に、生きた知識や情報を伝えるほか、今、学校で学んでいることが将来どのように役立つかなど、勤労の意義、社会人としての心構え、生き方などを分かりやすく示していく。

4. 障害のある生徒の自立支援 【提言24】

障害のある生徒についても、社会の変化に柔軟に対応することができるよう、社会参加と自立に向けた教育の充実が求められている。現在、養護学校の職業学科に対するニーズが高まっているが、今後さらに時代のニーズに応じた新たな職場・職域の開拓や多様な現場実習が必要である。また、就労に直接結びつくような職業教育を効果的に行うために、労働・福祉等の関係機関や民間企業との密接な連携を進めていく必要がある。

取組の方向10

(3)多様な選択を可能にする学校教育のあり方を目指す
1. 複線型の進路選択や、やり直しが可能な柔軟な学校制度 【提言25】

多様な選択肢の中から自分に必要なものを選び、そこで実力をつけ、その実力に基づいて社会における自己実現を図ることが、生涯学習社会が目指す、豊かな生涯といえる。そのためには、学歴社会から学習歴社会への変換や多様な生き方を包容する社会の実現が望まれる。

現在、多くの生徒がたどっている、中学校卒業後、高校へ進学し、高校卒業後大学進学という単線的な進路だけでは、子供たちの個性・適性という観点からは、適切な進路のあり方とは言えない。自らの興味・関心、適性等に基づいて、例えば中学校から就職して、その後専修学校を経て大学へ、といったような、様々な段階・年齢で、自由に学校が選択できる、複線型の進路選択が可能となる制度を整えるべきである。

同時に、当初の選択を変更する必要があれば、高校間あるいは高校と専修学校との間などでも転入学が可能なように、入学資格、編入資格を緩和した、やり直しのきく柔軟な制度が必要である。

あわせて、現在、多くの資格・免許などを取得するための基礎要件となっている学歴や年齢についても、これらの要件の緩和が必要である。

2. 公私が協調して担う東京都の公教育 【提言26】

東京都には、多くの私立学校(中学校178校、全日制高等学校236校)が独自の建学の精神や教育理念を掲げて特色ある教育活動を行っている。*38

また、都立高校においても、それぞれが教育方針に基づく学校経営計画を明らかにし、様々な教育課題に対応した教育を行っている。

こうした中で、東京都の公教育をどのように実施すべきか、都民ニーズの把握、首都圏の中心である東京の特殊性、公私の役割分担、競争的環境の整備、教育行政施策の効率性等、公教育全体のあり方を検討すること等により、良い意味での競争の下で公私が切磋琢磨し、公立・私立の垣根を超え、連携・協力しながら東京都の公教育の質を更に高めていく。

3. 大学入試のあり方の見直しと高校教育の質の向上 【提言27】

高等学校の学習内容は大学の入試と密接に関係しているので、大学の入試や単位認定のあり方を改善することによって、高等学校における授業の改善に結び付けていく必要がある。そのため、現在の大学を、「入学は比較的容易で卒業要件が厳しい」大学へと転換していかなくてはならない。それに対応して、高校の授業も、単一の正解を暗記によって求めるような、単に知識重視の授業から、問題解決能力、論理的思考や表現力、独創的な発想を重視するなど、総合的な学力の向上を図る授業へと転換していく。

 

4 青年期の課題と取組の方向

青年期は、選択した進路において、社会人として自立する時期である。また、社会において必要とされる高度な知識や素養を学ぶ時期でもある。

取組の方向11

(1)若者の自立を促進し、多様な生き方を包容する社会を目指す
1. フリーター問題への教育の視点からの取組 【提言28】

フリーター注23や若年失業者の増大が深刻な問題になっている。これらの解決のためには、行政などの就業コンサルティング機能を高めることや職業訓練の機会を充実させていくなど労働政策の充実が必要である。

しかし、本来、若者が、社会人として自立する前提である健全な勤労観は、学童期から徐々に培って、遅くとも高等学校卒業までには身につけておく必要がある。これらの期間を通じて、経済産業活動への興味・関心を喚起し、現代社会がもつ活力や発展性に気づかせるなど、若者に将来のビジョンを与え、就労意欲を喚起する教育を進める。

2. 多様な生き方の中で一人一人が自己実現を目指す社会 【提言29】

現在、我が国では未だに、有名高校から有名大学へ進学し、一流企業にホワイトカラーとして就職することに価値を置く風潮がある。

しかし我が国が、経済をはじめ、学術・文化、スポーツなど広い分野で国際化の波にさらされている現在、単に「高学歴」であるだけでは、通用しない社会になってきた。むしろ、今や次第に「自立した個人の卓抜した技能・技術」「勤労の経験」「専門性」など、多様な能力や才能を評価し、認め合う社会になりつつある。こうした社会においてこそ、若者のもつ様々な可能性が引き出され、結果として社会全体の活力が向上していく。

今後は、優れた技能や技術を今以上に尊び、社会的に評価し、若者が多様な生き方を選択することができる社会をより確固なものとし、一人一人 の自己実現が図れる社会を目指していく必要がある。

取組の方向12

(2)若者の自立につながるよう、高等教育機関のあり方を見直す
1. 高等教育機関としての専門学校と高等専門学校の充実 【提言30】

加速度的な科学技術の進歩により、学生時代に習得した技術・知識は急速に陳腐化していく。また、企業の多角経営化や自らの転職などにより、異なる分野での技術や知識を習得しなければならない場面が増大している。専門学校がこれら多様な実学の学習ニーズに的確に応えられるよう、内容面も含めて充実を図る必要がある。

また、高等専門学校は後期中等教育(高校)から高等教育まで一貫した5年間の専門教育を行うことにより、実践的な技術者を育成することを目指しているが、さらに技術の高度化に迅速に対応できる、若い優秀な技術者を育成していくための教育の充実を図るべきである。

2. 大学における修業年限の多様化 【提言31】

現在、大学の修学年限は、医学部系を除き一律に4年である。戦後、学問領域の多様化・高度化が進む中で、多様な学部が新設されてきたが、高度化・専門化に対応して修学年限を長期化する考え方は、一部専門職大学院にみられる程度である。大学においても、習得すべき内容の高度化・専門化、学業成績などの観点から、多様な修学年限を設定すべきである。例えば、今日、教員には 教科指導の専門性に加えて、実践的指導力や豊かな社会性・人間性が求められており、教員養成学部においては、社会体験や長期の教育実習を行う2年間を加えて6年制にすることが考えられる。

また、高等教育機関間の垣根を低くし、大学から専門学校へ移籍し、再び大学へ編入できる制度や大学同士の二重学籍を可能にするなど、高等教育機関の相互乗り入れを自由化すべきである。

3. 大学における教養教育の重視 【提言32】

経済のグローバル化、技術や情報の地球規模での展開が日常化している今日、国際社会の中で認められる人材が求められている。

こうした人材は、自分たちとは異なる文化や歴史に立脚する人々と共生していくためにも、深い教養を身に付けていなければならない。

そこで、大学では、将来にわたって専門知識や最先端技術等を学びつづける基礎を育成するとともに、人間形成に重点をおいた教養教育を徹底することが必要である。深い人間洞察に基づく自己理解や他者理解、確かな歴史観、文明 観に基づく自国や他国の伝統や文化を尊重する態度、未来を見つめる先見性や 判断力、使命感を身につけた真の国際人を育成する大学が求められる。

4. 目的意識を持ち、学ぶ意欲のある人が学べる大学 【提言33】

大学をはじめとする高等教育機関は、目的もなく在学したり、社会に出ることを先送りするための逃避の場所であったりしてはならない。また、実力の伴わない卒業資格は、社会的に見ても大きなマイナスである。今後は、専門的な知識・技能の着実な習得に基づいて進級・卒業を行うなど厳正な成績管理が求められる。

また、目的意識を明確に自覚させるために、例えば、入学資格要件として一定期間の就業経験やボランティア経験を課す大学があってもよい。

あるいは、イギリスで行われているギャップイヤー制度注24の考え方なども取り入れて、大学に入学が決まってから実際に入学するまでの間に、半年なり1年なりの、自主的に様々な体験を積んだり、思索を行う期間を与えることも検討されてよい。

一方、目的意識が明確で、実力がある者に対しては、学ぶ機会が保障されるべきであり、現在、高等教育機関への入学要件である学歴や年齢についても、見直す必要がある。

第3章 教育ビジョン実現に向けて

家庭・学校・地域・社会が力を合わせて

子供は、大人の社会を映す鏡である。正直に生きることや地道に努力することの素晴らしさを、大人自身が模範を示すことで伝えていかなければ、健全な心をもつ子供は育たない。次代を担う人材を育てるために、家庭・学校・地域・社会が、力を合わせて、取り組んでいかなければならない。

東京都として

行政は、教育ビジョン実現に向けて、家庭・学校・地域・社会がその力を発揮できるよう支援役として、次の点に配慮しながら、その役割を果たして行かなければならない。

1 行政の組織横断的な取組

教育ビジョンが示した取組の方向は、子供の育成という共通の視点に立って、子供の福祉、教育、衛生、産業等がどうあるべきかを行政としてトータルに考えたものである。したがって、それを着実に実行していくためには、従来の縦割り組織を超えて、組織横断的な対応が不可欠である。

また、行政は、家庭・学校・地域・社会を子育ての主役に据えて、これら教育の担い手が相互に補完・協働しやすいように心がけて、積極的に支援役を努めていく。

2 国や区市町村との連携

教育ビジョンは、戦後教育の反省に立つものであり、課題解決の方向の中には、法的な整備や国の施策の転換を前提としているものもあり、それらについては、東京都のみでは、対応できない。これらの問題に対しては、国に積極的に提言を行い、法的な改正を含めて国レベルでの解決を要望していく必要がある。

また、逆に、区市町村と連携をしていかなければ解決が難しい問題もある。義務教育学校の設置者としてばかりではなく、身近に家庭や地域と接している区市町村だからこそ有効な施策もあり、21世紀を担う子供たちの育成という共通の視点に立ち、都と区市町村が協力しながら実施していく。

3 時間軸の視点

教育ビジョンは、これまで都が進めてきた様々な教育改革と切り離せないものである。様々な教育改革は、その底辺に社会の変化という時間的な流れを前提として行われており、その時間的な流れに遅れた施策は、結局社会に受け入れられないであろう。何事も時機を失してはならない。スピードや適時性が施策の生命線でもある。時間軸の視点をもって、教育ビジョンの実現に向けて取り組んでいく必要がある。

第1章

1 教育

本編において、教育という場合は、21世紀の東京ひいては日本の創造的発展を担う人間の育成という目的の基に、子供の成長を促す行為全体を指しており、学校に限らず、家庭や地域・社会において行われる子育ても教育に含んでとらえている。

2 乳幼児期から学童期、思春期そして青年期

本編では、「乳幼児期」はおおむね就学前を、「学童期」は小学生を、「思春期」は中学生・高校生の相当年齢を、「青年期」は高校卒業相当年齢から20代半ばまでの年齢を指している。

3 家庭

一般に家庭という場合は、親族などの家族関係からなる集団をさすが、本編で家庭という場合は、それに加え、児童福祉施設等における、養育者と子供の関係をも含み、子供が日常生活を過ごす場を家庭として捉えている。

4 学校

本編で学校という場合は、単に学校教育法第1条に定められた学校に限らず、幼稚園や保育所から大学・専修学校・職業訓練校等を含み、公私を問わず、広く子供たちに対して、知識や技能を指導する場を指している。

5 地域

本編で地域という場合は、地縁的コミュニケーションの成立し得る広さの領域を想定しており、具体的には、中学校区程度である。教育の担い手としては、町内会、学区PTA、狭い範囲のNPOやボランティア団体などが想定される。

6 社会

本編で社会という場合は、地縁的関係を超えた広い範囲の領域を想定しており、そこにおける教育の担い手としては、企業やマスコミ、広域のNPOや広域のボランティア団体などが想定される。

7 高等教育機関

本編では、大学、短期大学、大学院、高等専門学校、高校卒業を入学資格とする専修学校の専門課程(いわゆる専門学校)を高等教育機関としている。高等専門学校は、卒業者に準学士の称号が与えられ、大学に編入できる。また、専門学校を修了した者も、大学に編入できる。

第2章

8 小1プロブレム

小学校に入学したばかりの小学校1年生が集団行動が取れない、授業中に座っていられない、話を聞かないなどの状態が数ヶ月継続する状態。これまでは1か月程度で落ち着くと言われていたが、これが継続するようになり就学前の幼児教育が注目され出した。

9 それぞれの指導や保育の内容

幼稚園の教育課程は、学校教育法施行規則第76条の規定に基づき、文部科学大臣が公示する「幼稚園教育要領」に定められている。保育所の保育内容については、厚生労働省雇用均等・児童家庭局が示す「保育所保育指針」によっている。

10 学力

本編で「学力」という場合には、単に知識の総量のみを指すのではなく、学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力等を含めた能力を指している。

11 生きる力

平成8年7月の中央教育審議会の答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」では、「我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を「生きる力」と称することとし、これらをバランスよくはぐくんでいくことが重要であると考えた。」と定義しており、本編でも「生きる力」を同様に考えている。

12 ナショナルミニマムとして必要な学力

本編では、今日、国民として必要不可欠な学力をいい、国際化の進展した現代では、「読み・書き・計算」に加え、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力、人間関係能力などが求められる。

13 構造改革特区

地域を限定して特定分野の規制を総合的に緩和・撤廃し、経済の活性化を図る制度。経済財政諮問会議の提唱により、平成14年に首相を本部長とする構造改革特区推進本部が設置された。

14 LD、ADHD、高機能自閉症

LDとは学習障害のことで、全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、計算する又は推論する能力のうち、特定のものの習得と使用に困難を示す状態。(文部科学省平成11年「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の学習方法に関する調査研究協力者会議」報告書)

ADHDとは、注意欠陥/多動性障害のことで、年齢あるいは発達に不釣合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすもの。(文部科学省 平成15年「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」)

高機能自閉症とは、(1)人との社会的関係の形成の困難さ、(2)言葉の発達の遅れ、(3)興味や関心が狭く、特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいう。(同上)

15 特別支援教育

これまでの特別支援教育の対象の障害だけでなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて、障害のある児童・生徒に対して適切な教育や指導を通じて必要な支援を行うこと。

障害の重度・重複化、多様化への対応や通常の学級における特別な教育的支援を必要とする児童・生徒への対応等の課題を解決するため、平成14年7月に「東京都特別支援教育改善検討委員会」が発足し、平成15年12月の最終まとめにおいて、特別支援教育の構築が必要であるとの提言を行っている。

16 義務教育改革に関する都と区市町村の連絡協議会

平成14年12月から東京都教育庁部長級職員と区市町村の教育長の13名の委員からなる協議会を発足させ、公立義務教育の現状と課題について都と区市町村の共通理解を図り、課題解決に向けた施策の検討を行い、平成15年11月に報告書をとりまとめた。

17 情報リテラシー

情報と情報手段を主体的に選択し活用するための個人の基礎的な資質。狭義にはコンピュータのような情報機器の活用能力の意味に使われるが、広義にはあらゆる情報手段の活用能力を意味する。

18 キャリア教育

各学校段階の児童生徒に対し、将来、自分にとって最もふさわしい進路を主体的に選択し、その後の職業生活の中で自己実現を図るために必要な知識・技能・態度・価値観などを、学校内外のあらゆる活動を通じて、組織的・計画的に育成しようとする教育。

19 ものづくり教育

「ものづくり基盤技術振興基本法」においては、製造業又は、機械修理業、ソフトウェア業、デザイン業、機械設計業その他工業製品の設計、製造若しくは修理と密接に関連する事業活動を行う業種をものづくり基盤産業と定めているが、本編においては、これらに加え、農林水産業など第一次産業の分野をも含み、これらの産業の発展を支える人材を育成することを目指す教育を、「ものづくり教育」とする。

20 キャリアプラン

経営学の用語としては、キャリア-デベロップメント-プログラムと同義で、企業の労務管理で従業員の人生計画を企業内の仕事を通して実現するようにしむけることを言うが、本編では、自らの職業活動を中心とした人生設計・計画を意味する。

21 インターンシップやデュアルシステム

インターンシップとは、生徒・学生が在学中に将来の進路と関連した就業体験を行う制度。

デュアルシステムとは、ドイツの職業学校における職業訓練制度で、週に数日程度職業訓練に充て、企業で実際に働きながら職能を身つける制度。就業期間分の単位が認められ、給与も支払われる。

都立六郷工科高校において導入する東京版のデュアルシステムは、学校と連携した企業において、10日間程度のインターンシップにはじまり2ヶ月~4ヶ月の長期就業訓練へと就業訓練を段階的に経験することにより、実践的な技術・技能を身に付けるていく制度であり、長期就業訓練期間には、企業から、手当や交通費等の報酬を受けることも可能である。

22 ジョブシャドウ

働いている人の後ろに張り付いて仕事を体験・見聞することにより、実際の職務のあり方や勤労について学ぶこと。東京都雇用・就業対策審議会答申では、企業の幹部等の後ろに一日張り付いて仕事の様子をつぶさに観察する「東京職業観察日」(ジョブシャドウ・デイ)の実施が紹介されている。

23 フリーター

「自由・アルバイト・労働者」を組み合わせた造語。平成15年「労働白書」では、「15歳から34歳までで、(1)パートやアルバイトの呼称で働いている、仕事を主とする未婚女子と現在の就業継続期間5年未満の男子、(2)現在無業で家事・通学をしておらず、アルバイト・パートの仕事を希望するもの」と定義している。

24 ギャップイヤー制度

大学入学資格を得た者が、社会的な見聞を広めるために、入学を1年程度遅らせて、職業体験やボランティア活動などを行う猶予期間のこと。イギリスなどで取り入れられている制度。

 

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